美味しい物に出会ったとき「美味しい」と言葉にするのは素材と料理人へのマナーだと思う。不味い物は不味いと騒ぐに限る。不味さが面白さに変わることもある。想像を絶する味に人は言葉を失うってことをアコウダイのしゃぶしゃぶで知る。言葉が出る前に次の一切れに箸が伸びていた。
アコウダイを3匹もってニヤけている写真を見たたくさんの人からお祝いの言葉をいただいたが、「おめでとう」に続く言葉は決まって「美味いですよ」であった。そもそもアコウダイを釣りたいと思うようになったのが、干物を食べて美味しかったからだ。美味しいことは分かっていたが、美味しい魚を食べ慣れているであろう達人さんたちがこぞって大騒ぎするほどか?とも思った。果たして、釣れたて新鮮なアコウダイは別格であった。干物で感じた美味しさなどは遥かに凌駕する、想像を絶する味だった。鍋で食べて美味しい魚部門でぶっちぎりの1位にランキングされた。
勇者様にはアコウダイの食べ方もアドバイスいただいた。オススメの1つがしゃぶしゃぶ。脂の乗りが良さそうな大型の半身をしゃぶしゃぶでいただいた。中型のアコウダイの中骨と頭で出汁を取る。へた釣り家の鍋料理は糖質オフのためにキノコを中心にお野菜たっぷりだ。少し薄めに切ったアコウダイの身を箸でつまんで出汁の中をくぐらせる。時間はお好みだが表面がうっすらと白くなったくらいが好み。ポン酢を少しだけ付けて口へと運ぶ。プリプリとした身から上品な白身の甘さが口の中に広がる至福の一瞬。嚥下するのが惜しい。「美味しい」と感想を言う前に箸は次の一切れを求めてお皿に伸びていた。
皮を残した部分と皮を引いた部分を混ぜてみたが、皮際に薄くあるプルルンとした食感のゼラチンがこれまた美味い。さらに皮のプニプニとした食感も楽しい。中骨から出た出汁はこれまで食べたことがある最高級の鍋であるトラフグよりもクエよりも濃厚で旨味がある気がした。自分で釣った魚なのでひいき目はあるかもしれない。おかげで野菜が美味いのなんのって……鍋料理はメインの食材を美味しく食べられるだけでなくこうでなくっちゃいけない。子供たちは〆にラーメンを入れて汁まで1滴も残さず完食。アナゴに続いて「パパ、また釣ってきてね」をいただいた。妻からも「オニカサゴより美味しいし、こっちの方が釣れるんならアコウダイを釣ってきてよ」と言われる。たまたま釣れただけでオニカサゴより釣れる魚では絶対にないのだが…釣れないと認めるのは癪なので「了解!!」と返事しておく。
大型のアコウダイを三枚におろすと、太い骨の周りにたくさんの身が残る。これで鍋の出汁を取るのも悪くないが少しもったいない。鍋の出汁用には中型のアコウダイの中骨を使い、大きいのは塩焼きにした。これも勇者様に教わった食べ方。身全体に美味しい脂が乗っている魚の骨周辺の身である。これが美味くないわけがない。上品に食べる物ではない。手でつかんで中骨をしゃぶるようにして食べる。ほくほくとした身とゼラチン質の部分の味を楽しめる。焼き物にするならこの部分で十分だし、もしかすると焼き物にもっとも適した部位かもしれない。
お刺身は皮際の脂を楽しむために炙り刺しで。クロムツを同じようにして食べたとき身が甘くって美味しいと感じたが、アコウダイの炙り刺しを口の中に放り込むと、「なるほど!!」となる。こんな例えが成立するかどうかは自信がないが、クロムツの炙り刺しはチリとかカリフォルニアのワインのような、分かりやすい美味しさ。一方のアコウダイの炙り刺しはフランスのワインのような玄妙な味わい。味の奥行きが違うし、高級感とか上品さに溢れているのである。わさび醤油ではもったいない。「刺身の塩(白身)」をほんの少しだけ付けていただく。
著者: へた釣り